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中国・四国地方の水準点

福山市胡町
標識:511号
地図:福山西部

JR福山のすぐ北、胡町(えびすちょう)と本町の交差点南西角(洋品店)に見られます。一辺15、地上高8センチメートル、球分体の直径4センチメールの標石です。刻字は北面に「水(準点)」、西面に「基(本)」とありますが、( )内はコンクリートに埋没しています。

広島県庁
標識:1668号
地図:広島

広島県庁裏の職員駐輪場の植込み北東端にあります。一辺90センチメートルのコンクリート枠内に一辺21センチメートルの標石があり4個の保護石に囲まれています。東面は「水準點」、西面は「一六六八号」とともに縦書きの刻字です。

鳴門公園 (渡海水準点)
標識:渡8号
地図:鳴門海峡

鳴門公園孫崎灯台の手前にある展望台前の遊歩道中央にあります。地中に、ふたのないコンクリートの桝があり標石は地表面からわずか下です。一辺15センチメートル角の標石で上面には球分体がありますが標石とコンクリートの間に土や草の根がからまり側面の刻字は読めません。

この位置から大鳴門橋をはさんで対岸の淡路島が望めます。点の記によれば所在地は徳島県鳴門市福地で大鳴門橋の西端にあたりますが橋の東端にある兵庫県南淡町福良の一等水準点第298号との間で渡海水準測量が行われたことがわかります。

隠岐原点
標識:隠岐原点
地図:西郷

隠岐島は本土とは別に独自に水準測量網があり、その基準点を隠岐原点と呼ばれています。1909年(明治42)5月から1912年(大正1)9月まで簡易験潮場を設置して海面からの標高を定めました。[測量・地図百年史編集委員会:測量・地図百年史 日本測量協会 1970 p102]

現在の隠岐原点は1971年(昭和46)に隠岐の島町の中心地、西郷にある元隠岐支庁前の位置から東21メートルのところに移転されたものです。船着場近くの山陰合同銀行前の大型薬店ウエルネス東隣の路地、地下にあります。路地の入口に鉄板があり、その下には45センチメートル角、厚さ8センチメートルの花崗岩製の蓋石があり「隠岐島水準原点 建設省 地理調査所」の刻字があります。この蓋石を開けるとコンクリートの枡の中に水準点標石が見られます。一辺17センチメートルの角柱で上面には直径6センチメートルの球分体があります。球分体は地表面から約45センチメートルの位置になります。

水準点本体の刻字ですがコンクリート枡と標石の間が5〜10センチメートル程度しかなく、かつ深い位置にあるため目視が一部しかできません。そこで鏡を利用して写真を分割して撮ってみました。この方法は先に探索された町田市のTさんのご示唆によるものです。カメラを隙間に入れたり出したり何度か五体投地をしたため膝と肘は擦りむけました。南面(道路側)には「隠岐」と右横書き、その下に「水準原點」と縦書き、北面には「陸地測量部」と縦書きの刻字が確認できました。

西郷八田橋東
標識:2062号
地図:西郷

西郷の中心部から八尾川(やびがわ)を1キロメートルほど遡ると八田橋があります。この東詰の理容店前の地中に見られます。軽い鉄板を開けると標石が見られますが泥が相当溜まっていました。

境港
標識:265号
地図:境港

境港の台場公園には1895年(明治28)に開設された木造灯台が残置されています。その北の海側に、この水準点が見られます。隣接して気象庁の水準標石がフェンスの中にありコンクリートの蓋石が見えますがこちらは立入り禁止になっています。海辺に張り出したところには気象庁鳥取地方気象台の検潮所があり、この附属点であることが理解できます。

長門市大石
標識:3117号
地図:俵山

山口県豊田湖の北で下関と長門の市境から長門市へ100メートル入った県道34号の東側にあります。県道に面して廃屋がありその裏から山側へ20メートルほど入った竹やぶと溝の間でややこしい場所にあります。

水準点標石は一辺21、地上高20センチメートルで中央に球分体があり刻字は縦書きで「水準點」とある標準型ですが保護石4個のうち標石背後の一つは横幅18.5、奥行14、地上高35センチメートルの花崗岩に縦書き3行で「第三一一七号」、「水準点傍示(標)」、「陸地測量(部)」(標と部はコンクリート埋没で見えません)と刻字がありました。水準点にこのような「傍示標」があるのは珍しいケースです。水準点本体と保護石は全体が70センチメートル角のコンクリート基礎で固めています。

市境界には「南 豊浦」、「北大津」、「明治十七年二月」と刻字のある道標が残っており瀬戸内海と日本海を結ぶ要路であったことがわかります。またこのすぐ南には安徳天皇御陵墓伝説地があり美しく整備されています。バス停の名称は「天皇様」(てんのうさま)です。

下関市地吉
標識:3118号
地図:西市

豊田湖北にある安徳天皇御陵墓伝説地から橋を渡り湖の西に沿って車道を歩きました。ダム湖ができる前はこちら側が街道であったようです。湖周道路の中間地点の西側(山側)にこの水準点があります。標石そのものは一辺21センチメートルで長門市大石の3117号とかわりませんが傍示標はありません。80〜90センチメートル角のコンクリート枡中にあり刻字は埋もれて読めませんでした。

豊田湖木屋川ダム
標識:3119号
地図:西市

木屋川(こやがわ)ダム管理事務所の北隣で車道の東(湖側)に位置します。「山口県立自然公園 豊田湖」の標示板の背後(湖側)に見られます。水準点本体は一辺21、地上高25センチメートルで上面に球分体のある標準型です。刻字は東面に「水準點」西面に「三一一九号」と刻字があります。保護石は周囲に4個ありますが本体から90センチメートル北に長門市大石の3117号と同じような「傍示標」があります。横幅18、奥行き14、地上高45センチメートルの花崗岩で刻字は縦書き3行で「第三一一九号」、「水準点傍示標」、「陸地測量部」とあります。

木屋川ダムは用水確保のため1940年(昭和15)に建設着手され戦時中、一たん中止され1955年(昭和30)年に完成しています。水準点3117〜3119はこの建設でダム湖(豊田湖)ができるため移設されたものと思われます。点の記(この点と同一路線の他点の点の記を含みます)によれば1891年(明治24)に設置されダム建設がはじまった後1943年(昭和18)に移設され近年、1965年(昭和40)頃、再度移設されているようです。現在、ダムをかさ上げして貯水量を増す計画がありますが、そうなれば水準点は再々度移設されるか廃点になると思われます。


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