
京都市基準点
地図:京都東北部
京都市の基準点です。毎日通る道にも、いつのまにか設置されていました。「京都市都市建設局 公共 + No.0330275 3級基準点」の表示がありました。 このほか四条通りでもNo.0630044を見つけましたが、こちらのほうは歩道上に露出していたので寸法を測ると直径6センチメートルありました。このような標識はいたるところに見られます。
基準点は市街の道路だけでなく山地にもあります。いちばん下の写真は蹴上にある日向(ひむかい)大神宮の裏山、東の尾根で見ました。直径8センチメートルの金属標で「京都市建設局 公共 + No.1010001 精密基準点」の表示がありました。
京都市多角点
地図:京都東北部
京都市左京区北白川小倉町の御蔭通の歩道上で見かけました。100メートル間隔で設置されているようです。直径2センチメートルの小さい金属標で歩行に支障のないようにか半球体になっています。「京建 多角点」の刻字と中央に+の刻印がありました。京建は京都市建設局のことと思われます。基準点の一種でしょうが、わざわざ多角点とあるのは国土地理院以外のものでは、はじめて見ました。
丹後町の農政局基準点
地図:丹後平
丹後町矢畑にある依遅ヶ尾山の登山道、標高おおよそ300メートルのところにあります。コンクリート柱上面にある直径5センチメートルの金属標で「三級基準点 + No.6 近畿農政局」と刻字されています。土地改良事業のため設置されたものとおもわれます。
京都桂の住宅公団基準点
地図:京都西南部
京都の桂御陵峰ヶ堂町にある住宅公団洛西地区は近年開発され自然に恵まれた快適な高台です。周囲の丘にはところどころ開発時の測量に利用された基準多角点がみられます。写真はNo.9で団地東北角の丘上にある無線アンテナの下にありますが、この金属標のすぐそばには国土地理院の三等三角点「御陵」があります。日本住宅公団は1955年(昭和30)に設立されましたが1981年(昭和56)には住宅・都市整備公団にまた1999年(平成11)には都市基盤整備公団へと名称が変わりました。
京都地方気象台の基準点
地図:京都西北部
京都気象台は京都市の中心部、西大路太子道を東に入ったところにあります。もともと1880年(明治13)京都府により京都御所内に設置され観象台といわれていましたが1913年(大正2)現在地に移設され京都府測候所となり現在は気象庁の所管になっています。
気象台は当然、経緯度、標高が明らかになっている必要があるので基準点が設置されています。本館南の地上観測場には開花状態を判定する標準の桜の樹や種々観測機器が設置されていますが、その中央の芝生に基準点の標石が埋設されています。12センチメートル角の花崗岩で地面すれすれの上面は、ふくらみを帯びています。側面には刻字はなく上面も三角点のように+印はなく水準点に近い形状です。この場所は許可なく立ち入りはできません。
わが国の組織的な気象観測は1875年(明治8)東京赤坂ではじめられましたが1890年(明治23)に中央気象台が設立されるまで内務省地理局の業務として観象、測候、編暦があり同局の測量課気象部所管になっていました。
京都大学花山天文台の基準点
地図:京都東南部
東山将軍塚近くにある京都大学花山(かざん)天文台の構内、観測ドームの前の広場の南にあります。一辺15センチメートル角、地上高14センチメートルの花崗岩の標柱で上面には直径7センチメートルのステンレス盤が貼り付けられており方位を表す十字の刻印と「KYOTO UNIV」の刻字が見られました。天文台の測地位置を正確に測定した標石とおもわれます。国土地理院の二等三角点「花山」5235−36−8302はすぐ北にあります。
京都府標定点
地図:淀
伏見区淀から淀大橋をわたり久御山方面への府道の途中に藤和田という集落がありますが南側歩道上でバス停東にありました。直径5センチメートルの金属標で「京都府標定点 + 53−134」の刻字があります。道路管理のための標識と思われます。
京阪電鉄の基準点
地図:京都東北部
京阪電鉄出町柳駅のプラットフォーム上にある基準点です。直径5センチメートルの金属標で「京阪基準点 H13−3」と刻字されています。100メートルほど離れた位置に「H13−2」というのもあり、ともに文字は北の方が上を向いており線路とは直角です。京阪電鉄は大阪天満橋の本社を原点とした独自の座標系で二百五十分の一の地図をつくっていますが出町柳駅のような要所には基準点が設置されています。方位を明らかにするため2個で一対になっています。
宮内庁の基準点
地図:京都東北部
上京区今出川小川通りの南西角に見られる直径8センチメートルの金属標です。刻字は「1級基準点 No.2 宮内庁」とあります。京都御所の北西端からちょうど500メートル西にあたりますが御所以外に附近には御陵などの宮内庁の関係施設は見当たりません。
京都大学の水準点
地図:京都東北部
京都大学、本部時計台下の芝生にあります。南側は一辺10センチメートル、地上高さ19センチメートルのコンクリート製角柱で上面中央に直径3センチメートルの金属指標があります。この標石から北へ約20メートルの地点にはべつの標石があり一辺15センチメートルの花崗岩製角柱で上面には直径7.5センチメートル高さ4センチメートルの大きい球分体があります。地上高さは約6センチメートルです。北にある花崗岩製の水準点は1966年(昭和41)に大学施設部により設置されたもので京都府庁前の基準水準点と連係がとれています。標高は球分体の頂点で57.410メートルになっています。[東中秀雄:京都大学における重力基点 1988「九十九地学」第2号 京都大学教養部地学教室 1967を京都大学理学部:京都大学における重力基準点について 1988で再掲 p45]
国土交通省街区補助点鋲
地図:京都東北部
直径5センチメートルの金属標で京都市の繁華街中心部で見受けられます。四条通りを中心として道路に散在しているのを確認していますが、かなり広範囲のようです。一定の間隔で設置されてなく道路の左右、交差点の真ん中などにあります。
街区の角を示す位置(街区点)を正確に求める街区点測量では「街区基準点」が用いられます。三角点と多角点さらにそれらを補完する補助点鋲があり金属標で多くは道路に設置されます。この例は補助点鋲です。
向日市五塚原古墳調査基準点
地図:京都西南部
向日市役所近くの丘に五塚原(いつかはら)といわれる古墳があります。四世紀初頭、古墳時代前期のものとされる前方後円墳で1977年(昭和52)頃から発掘調査が行われましたが、まだ完了していないようです。この基準点は古墳最高部にある二等三角点「寺戸村」5235−35−3501から南60メートルの鞍部でみつけました。直径6センチメートルの金属標で「三級基準点 + 4PG−3(財)向日市埋蔵文化財センター」の刻字があります。同様の金属標(4PG−2の刻字)が最高点の東40メートル地点にもありました。
滋賀信楽町、京都和束町の府県境界標識
地図:信楽
信楽町杉山から和束町へぬける木津信楽線(府道5号)の府県境にあります。道路の西側は標石で「甲賀郡信楽町県界」「滋賀県」「県道水口木津線」と刻字されています。一方、道路の東側は「京都府標定点」の金属プレートです。
木津信楽線の発祥は奈良時代に造営された紫香楽宮(しがらきのみや、信楽町)と恭仁宮(くにのみや、加茂町)を結ぶ道路で742年(天平14)にひらかれ「恭仁宮東北道」と呼ばれていた古道です。
京都、滋賀、三重の三国境標定点
地図:島ヶ原
京都府南山城村、滋賀県信楽町、三重県島ヶ原村の3町村が接する位置を三国境または三国越といいます。交通が不便なところですが京都市内からは一たん信楽町多羅尾にはいりここから徒歩または車ということになります。だれが何の目的で設置されたものかわかりませんが3町村の境界を地理的に正確にしたものと思われます。展望台があり木津川流域が見渡せる眺めのよいところです。
大津市基準点1
地図:花背、瀬田
地方自治体などが実施する公共測量に用いる基準点と水準点は1級〜4級のものと簡易水準点がありますが3級と4級基準点、4級水準点と簡易水準点は永久標識を設置しないこともあります。
右の写真はいずれも大津市基準点で直径8センチメートルの金属標には「基準点」と「水準点」の両方が刻字されています。したがって三角点と水準点の両方の役割をもっています。
上の金属標は比良山深谷の帰りに林道で見つけたもので「三級基準点 三級水準点 公共 No151 大津市」の表示があり、中の金属標は京都市との市境で大尾山から伊香立越の尾根筋にあり「一級基準点 三級水準点 公共 No9 大津市」の表示があります。
下の金属標は湖南アルプス堂山山頂にありました。地上高さ30センチメートルの陶製管の上部に埋め込まれており「一級基準点 三級水準点 公共 No69 大津市」の刻字があり、その隣には花崗岩の標柱がありましたが欠損しており刻字も判明できませんでした。
地理調査所1957年(昭和32)発行の五万分の一地形図「京都東南部」には、この位置に標高383.9メートルの三角点が載っていました。欠けた標柱がその残骸かもしれません。堂山の山頂付近は岩が多く幾分、スリルが味わえます。山頂からは大津市のほぼ全域と比良山系、琵琶湖が望めます。
大津市基準点2
地図:京都東北部
坂本、穴太の西に位置する壺笠山にある大津市の基準点です。「一級基準点 三級水準点 公共 No32 大津市」の表示があります。城跡になっていますが山頂付近は道がわかり難く、また展望も得られません。
彦根市の国土交通省街区多角点
地図:能登川
JR南彦根から西400メートルの通り南側歩道で見つけました。直径5センチメートル、平らな面の金属標で「都市再生街区基本調査 街区多角点 彦根市 25202 公共 No.10C07 国土交通省」と刻字されています。